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2008年12月03日 (水) | Edit |
”出会いがあれば別れもある”

ということは分かっています、頭では。
いざ直面すると、真っ白になってアタフタしてしまいますなぁ。
まるごしは今日も絶賛未練たらたらです!

まぁなんつーか先日、非常に近しい(と俺は思っている)人のTW引退騒動がありまして、
結果的に引退は回避されましたが、かーなーりー動揺しました。
本当によかったです。これからもよろしく。
回避マンセー!テイルズウィーバー!!

↓↓ 以下、そこから派生した想い ↓↓
別れは悲しい。寂しい。
しかし同時に、その人にとってのひとつの区切りであり、新たなスタートであり
それを無下に引き止め、決意を鈍らせてしまうというのは考えものです。
いつその時が訪れても決して後悔のないように、普段から
目を背けず、愛情を注ぎ、言葉を交わし、
その瞬間が訪れた時にはしっかりと送り出してやれる。
そんな風になりたいものです。

そんな事が出来るのは悟りを開いた仙人様ぐらいなものでしょうな!
少なくともそのくらいの心構えを持って、生きていきたいものですよ。

おとん、おかん、じーちゃん、ばーちゃんには今のうちから孝行しときましょう。


では今回の話とは少しズレますが、最後に僕の好きな詩でしめます。

「肉親が死ぬと殺生が少し遠ざかる。
一片の塵芥だと思っていた肩口の羽虫にいのちの圧力を感じる。
草を歩けば草の下にいのちが匂う。
信仰心というのはこんな浅墓な日常のいきさつの中で育まれる物か。
老いた者の生き物に対する優しさは、一つには、その人の身辺にそれだけ多くの死を所有した事の現われと言えるのかも知れない。」

「死というものはなし崩しに人に訪れるものではなく、ヒトは決断し選び取るのです。
だから生きている間に、あなたが死ぬ時の為の決断力を養っておきなさい。」

藤原新也 『メメント・モリ』
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